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22022年6月4日に撮影した、岐阜県池田町・弓削禅寺の紫陽花の写真です。
紫陽花の咲き具合はまだこれからという感じでした。ただ、咲き具合だけではなくネットで見た写真の雰囲気と違う感じがしたので、本堂の掃除をされていたご住職の奥様に声をかけて紫陽花の咲き具合などについてお尋ねしました。花や庭の手入れが好きなご住職が昨年末に急に亡くなられたこと、冬に大雪で紫陽花が潰されてしまったことで、手入れ不足で咲き具合がよろしくないのだそうです。その他にも、サツキの木も手入れを頼んだ若い人が芽まで切ってしまい花が咲かなかったこと、本堂の裏には石楠花と紫陽花がたくさんあったのに手入れが大変だとすべて抜いてしまったこと、橘の木や松の木が虫にやられて枯れてしまったこと、鐘楼の脇の大きなしだれ桜が台風で半分折れてしまったこと、檀家のいないお寺なので維持が大変なこと、いろいろと話をしてくださいました。終始にこやかにお話してくださるのですが、お寺の維持、庭園の維持は大変なのだなと思いました。弓削寺は、最澄がこの地を訪れた時に温泉が湧いているのを見つけ、そこを錫杖でかき回したところ馬頭観音が現れたことから、その馬頭観音を祀るために寺が建てられ、その話にちなんで湯華寺と名付けられ、その後白河法皇が華厳寺参拝の帰路に急病になり、ここの温泉で平癒したにより同じ読みで弓削寺を賜ったそうです。今もこの地には温泉があり弓削寺が経営している温泉施設があります。そんな話や、本堂の天井絵のお話、左甚五郎の生まれた地が近くにあったのが縁で左甚五郎の一番弟子が掘った欄間彫刻のお話、アオガエルがたくさんいたお話など伺い、一時間くらい話し込んでしまいました。数年前は、本堂裏の池や紫陽花、参道のたくさんの紫陽花を楽しめたそうなので、もう少しここを知って早く来ていればなぁという後悔と、できるならば以前のような美しい花寺に戻ってほしいという願いで帰路につきました。



















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